「Meditation」カテゴリーアーカイブ

ブログです。2001年9月から書き続けています。

備忘録<その38>

 ●もう6月ですが何か全然暑くなんないッスね。ひょっとしてアレか,今年も冷夏で米は凶作で5kgの新米はどんなに安くても2800円くらいするのか? アタシもうイヤこんな生活。

 ●ヤマハの講師をやっていると自分や他人のレッスンについてレポートを書かなければならない機会がたびたびあるんだけど,この前レポートの文末を「~について解説。」で締めくくったつもりが,文章を読み直してみると「~について解脱。」になっていた。ヤマハに提出する前に気付いて良かったぜ。

 ●最近我が家では賞味期限や品質保持期限を1日過ぎた食材を食べるのが流行っています。スーパーで買い物はするんだけど料理をする時間と気力と体力が圧倒的に欠乏しているため。

 ●CDやDVDをよく貸してくれる友人が何人かいるので,ここ1年くらい自分でお金を出して買ったCDは数枚くらいしかない気がする。最近は忙しくて借りたのにまだ聴いていないCDが山積みになってるんだけど,先日別の知り合いがドリフのDVD(全員集合の方ね)を貸してくれたので仕事もそっちのけで何回も見てしまった。いやぁもう懐かしくて懐かしくて。「志村ー! 後ろー!」

 ●うちの近所を車で走っていると,何もしていないのに対向車がパッシングしてくる事がしばしばある。あれれおかしいな,ライトもちゃんと消してるし…と思っていると,その後必ず自分の走っている車線でベルト検問をしている警察官を見かけるのよね。この辺のドライバー間では検問を教え合う暗黙のルールが結構浸透しているみたい。妙蓮寺ではそんなの全然無かったけど。


 


これは2004年,赤坂B-flatでの「宴」ライブ。
林正樹 (pn.) 君が持ってきた新曲を読んでいる途中です。


 

ファミレスに気をつけろ

 前に「新しいラジカセを買ったらJ-WAVEが聴けなかった」という話をしたけれど,どうも我が家ではラジカセを置く部屋によって受信状態が微妙に変わるらしい。ちなみに一番受信状態が悪いのは私の部屋で,FMもAMも一切入らないという過酷な状況下である事が判明。携帯も私の部屋に持って来た時だけアンテナが0本になるし。どうやら私の部屋は我が家における「秘境」のような位置付けにあるらしい。→嬉しくない

 

 

 †

 そんなへき地秘境から今日もお送りする「Meditaion」。お相手は貴女のふれあいパートナー,私やぢまゆうぢがお務め致します。先月末,諸事情で5日程横浜を離れていた期間がありましてね。で,その間毎日ファミリーレストランやらファストフードやらでゴハンを食べていたんですけど,よくよく考えたらファミレスのゴハンってコンビニ弁当並みに栄養バランス悪いですよね。いやもちろんメニューにもよると思うんですけど,ああいうとこの主力商品ってたいていジャンバラヤとかパーコー麺とか「○○ハンバーグとおろしカツ定食」とかぢゃないですか。肉と炭水化物ばっかし。まぁバーミヤンに行った日は頼み方次第でもう少し野菜も取れた気がするんですけど,そこで「ああ野菜食べなきゃ」と思いつつ「ラーメンとギョーザ」とかほざいてた私も結構終わってるな,と。で,横浜に帰ってきた頃にはもう唇の両端が荒れまくってまして大変往生しました。後日,他のミュージシャンに自分のバカさ加減を棚上げして「いやーファミレス使えないッスよねー」などとのたもうてみたところ,「いややぢま君さ,子供がいると便利なんだよああいう所」という答えが。確かにやぢまは子供がいないので「親」という立場で世間を眺める事があまりありません。「なるほどそういうもんスかねー」「そうだよ,取りあえず子供が席につくとオモチャくれるし」そういう意味かよ。でもまあ確かにファミレスはどこにでもあるし,子供が好きそうなメニューも多いし,「親」にとっては便利な代物なのかも知れません。やぢまが5日間のファミレス生活で旨いと思ったのはバーミヤンのマンゴージュースくらいでしたけど。

 

 

 ●「Basses」に「Strings」を追加。


 

備忘録<その37>

 ●えっと,前回Finaleのことを散々「難解」だの「煩雑」だの書いてしまいましたが,一応「Finale」の名誉のために言っておくと,現在やぢまが使っている「Finale2003」はそれまで長く使ってきた「Finale2000」よりも大分使いやすいです。多機能になった分動作は若干重くなってしまいましたが,図形が異常に多く使われている楽譜などでなければG4の400MHz(やぢまの以前のマシン)程度でも十分実用に耐えますし,おびただしい数の諸機能を何とかユーザーに覚えてもらおうとする工夫もそこアこに散見できます。現在では「2004」が発売されており,やぢまは使ってみた事はありませんがきっとさらに使いやすくさらに重くなっている事でしょう。前回のMeditationはあくまでも「譜面は読む側の身になって書こう」という主旨でしたのでそこんとこよろしく。ふぃなーれは,とってもべんりだよ!

 ●前にうちの近所のウグイスの話をしたけれど,今度はうちから2分程歩いた空き地の前で太ったリスを見かけた。電柱を支えている杭をどんどん上っていこうとするので「感電するよ」と声をかけたら一目散に駈け降りて林の中に逃げ込んでしまった。意味が判ったわけではなく驚いただけなのだろうけど。

 ●ナット(上駒)の交換に出していた2号機はピカピカのナットをくっつけて戻ってきました。指板もフレットもきれいにクリーニングされていて,ろくに掃除もせずに使っていた自分がちょっと恥ずかしくなりました。ヤマハ首都圏サービスセンターの阿部さん,楽器に対する深い愛情を感じます。

 ●次回は6/16までライブもないんだけれど,その間ヤマハ音楽教室の発表会の伴奏などを頼まれておりてんてこ舞いの日々を送っております。発表会の仕事を頼まれると1日に20曲近くも弾かなければならない事もザラなんだけれど,今回家に送られてきた譜面の総数はなんと40曲。昨日リハーサルが朝の9:30からあったのだけれど,最後の曲を弾く19:30頃には最初の曲の内容はもう忘れていました。右手の指先も何か変な色になってたし。過酷。

 ●K-1の大会が一つある毎に公式サイトで「今回の最大視聴率は○%!!」とか言ってるのを見てると情けなくなってくる。そんなに視聴率が大事なら次の大会のメインは「ボブ・サップ vs ヒグマ」とかにすれば。<本当にやりそうでちょっとコワイ


 

ゆかいなFinaleくん

 楽譜出版に欠かす事のできない「Finale」という楽譜浄書ソフトがあります。ジャズから現代音楽まで殆どどんなスタイルの譜面にも対応できてしまう極めて高機能なソフトなのですが,最近いろいろな仕事で渡される譜面が意味もなくFinaleで作成されているものが多い事に辟易しているのです。

 

 Finaleを手に入れたミュージシャンがプリントアウトした譜面は,その人の手書きの譜面より遥かに見づらいことが殆どなんです。Finaleは非常に多機能である反面,それらを使いこなす事や機能自体を呼び出す手順を覚える事の煩雑さと言ったら他のソフトとは比較にならないほどです。音符や記号を入力する手順くらいは大体誰でも覚えられるのですが,音符の微妙な配置や図形の作成のところでたいていの人は躓(つまず)きますし,出版物と同じクォリティの楽譜を独学で作るとなると相当な年月と労力と気合いと根性が必要なはずです。結果,ミュージシャンがFinaleを手に入れて一朝一夕で作った譜面は,臨時記号と隣の音符が重なっていたり段間が異常に狭かったりしてとても読めたものでは無くなってしまうのです。

 これはそのミュージシャンに譜面を書く能力がないからではなく,Finaleがあまりに難解なために本来の「見やすい譜面を作る」というレベルまでなかなか達しないからだと思います。例えば手書きで譜面を書く際には読みやすく書くために「細かい音符には広くスペースを取る」とか「コードはリズムにそった場所に置く」といった感覚的なことを自然に励行するものですが,これがFinaleの場合,例えば「このコードをもう1mm右にずらしたいんだけど」とか「ここは全休符も何もない空白の小節にしたいナ」と思ってもまずその方法を調べるところから始めなきゃなんない。しかもあまりに機能が多すぎてマニュアルを繰ってもそれらの方法を見つける事すらできない。たいていの場合ここで「まあいいか」と妥協してしまい,数々の妥協が集積した結果出来上がった譜面は「音符や記号などのキャラクタが出版物と一緒」というだけの,「『見やすい楽譜』からは程遠い何か」にならざるを得ない。…ということなんではないかと思います。

 ミュージシャンは譜面を読むのも仕事ですし,おそらく読み書きをしていくうちに読みやすい譜面を書く能力がある程度自然に備わっていくものなのでしょう。現に今まで仕事で渡された手書きの譜面で「読み進む事すらできない」ほどひどいものは見た事がありません。しかし「そんな事当然でしょ」と言うなかれ,これが浄書ソフトで作成されたものだと本当に読めないほどの「傑作」も少なくないんです。同業者の中には同じ苦労をされたことのある方もきっと多い事と思いますが,なかなか言えませんよね「読みづらくなるくらいなら手で書けっつーの」なんて(笑)

 まぁ誤解される事もないと思いますが「Finaleを使う事自体が悪い」と言っているわけではもちろんありません。現に楽譜出版の世界ではFinaleは第一線で活躍しているわけですから。しかし出版されている美しい楽譜の数々はそれらに携わっている方達の不断の努力と創意工夫があって初めて完成されているのであって,その凄絶な苦労と「もっと読みやすく,さらに読みやすく」という執念を知ってしまうとミュージシャンも楽譜の「浄書」に関しては所詮アマチュアに過ぎないのだと思い知らされます。

 やぢまも楽譜浄書の仕事だけでなく,自作曲を浄書する時にも積極的にFinaleを使います。しかし浄書する必要のない「最低限読める譜面」を火急に作らなければならない時にはやっぱり手書きの方が遥かに効率がいいんです。音符の書き込みの速さ自体は私の場合Finaleも手書きもそう変わりありませんが,Finaleですと譜面全体を読みやすくする作業に後で時間を取られてしまいますから。手書きならその辺同時進行ですしね。で,演奏の仕事で初見などを強いられる際に必要になるのは浄書であれ草書であれ,とにかく「読み進めやすい譜面」だと思うんですよ。

 

 

 要はこの話,「Finaleか手書きか」という話ですらなく,「自分で書いた譜面自分で読み直してますか」という事なのですが。