「Meditation」カテゴリーアーカイブ

ブログです。2001年9月から書き続けています。

9月の出来事

 2ヶ月経った今だからこそやっと向き合って書ける出来事なのですが…

 9月15日の晩,うちで買っていたネコ兄妹のオス,レオが急死しました。3歳3ヶ月の短い一生でした。

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 イヌには稀ながらネコにはメジャーなこの病気の存在を,レオが発病したことで私も初めて知りました。心筋が厚くなる事によって心臓の拡張と収縮のバランスが悪化し,心臓でできた血栓が動脈に詰まって血流障害を起こす恐ろしい病気なのです。
 レオの場合は14日の晩に突然下半身が麻痺して両後ろ足を引きずるようになりました。私も家内も家にいる時だったのですぐさま動物病院に電話し,車で彼を運び急患扱いで診てもらいましたが「残念ながら救命率は低い」と宣告されそのまま入院。一晩は保ったのですが翌15日の晩に発作を起こし,妹ウメの顔を再び見る事も無く病院で息を引き取りました。

 以前にここにも書いた通り,兄妹2匹のうち病弱だったのはどちらかというと妹のウメの方だったんです。ですから私も家内もウメはある程度長生きできなくても致し方ない,せめてレオとだけでも長く一緒に居られれば…と日頃から考えていました。それだけにどこにも異状のなかったレオの突然の死はあまりにもショックが大きく,私も家内も立ち直れないくらいの深い悲しみを味わいました。

 今までありがとうレオ君,悪戯も大好きだったけど妹の毛繕いをしてやるのが一番好きだった優しい君は,きっと天国で深い安らぎに包まれているだろう,どうか私たちのそばで,君の小さな妹をいつまでも見守っていてやってほしい,しかし叶う事なら,もし叶うのならばもう一度だけ,君の体がまだ温かいうちに,その小さな頭を撫でてやりたかった…

 …という想いを楽譜にしたのが11/3の「」ライブで演奏した新曲「Remembrance」だったんでした。動物好きのミュージシャン仲間の中には「レクイエムはね,書かない方がいいらしいよ」という助言をくれた人もいたのですが,私の場合はこれを書き上げた事でやっと自分が少し救われたように思います。

 それにしてもレオの死後2週間くらいまでの演奏の仕事は結構キツかったです。お客さんの前ではやっぱり楽しく演奏しなければならないですから。今まで様々な局面でこの仕事を「幸せな仕事」だと思ってきましたが,生まれて初めてプレイヤーという職業を「辛い」と思いました(笑)

 †

 ウメは今のところ元気にしています。相方を捜すようなそぶりは見せませんが,何だか当社比で2倍くらい甘えん坊になりました。9月に味わったショックを考えるとウメを可愛がりすぎる事に恐怖さえ覚えますが,それでも猫の方ではやはり生きている間は可愛がってほしいはずと信じ,後々の悲しみを覚悟でウメとの時間を大切にしようと思います。レオも私たちにそう教えて旅立っていったように思えます。


新ニックネーム誕生

 ●「Works」を更新。
 ※「9月の出来事」は次回の更新でアップします。

 Vanilla Moodワンマンライブに参戦してきました。この素晴らしい才媛4人組の事はもちろんNHKの番組などで存じ上げておりましたが,なんと意外な事にドラムやベースを加えたバンド形式でライブをやるのは初めてだったんだそうです。何と言いますか,テレビで見るのと違って生音の迫力が凄いんですこの4人(ウチのテレビがしょぼいだけかもしれませんが)。今回のライブではドラムとベースが参入したのは2ndSetだけで,1stは彼女たち4人だけの演奏で私はそれを客席で見ていたのですが,いやーその音空間の贅沢な事。fl./vln./vcl./pf.という編成とは思えないほど音が厚く,しかも澄んでいてダイナミックレンジが広い。2ndSetのバンドアレンジも心憎く,私の大好きなファンクものももちろん最高に楽しめましたが,クラシック的なアレンジの曲ではオケや吹奏楽時代に味わった「曲の一部になる快感」をものすごく久しぶりに堪能しました(今ではヴァイオリンの弾き方完全に忘れてしまいましたが)。
 今回このライブに私を斡旋してくださったのはヴァイオリンの中西巨匠なのですが,同じく中西さんに呼ばれてきたというドラムの佐藤友亮君のツボにはまりまくる見事なグルーヴも驚嘆の一言でした。本番直前の雑談の中で,彼の師匠がかの市原康さんだと聞いて大納得。大先輩の市原さんが私よりもずっと若い優れたドラマーを育てておられて,しかもその若者が師匠を「本当に尊敬しています」と話すのを聞いて静かに感動する他ありませんでした。さらに驚くべき事に彼はヴォーカルも鍵盤もこなすマルチプレイヤーだというのですから全く若い才能の裾野の広さには呆れてしまいます。

 まぁともかくVanilla Mood。ライブの構成力,作編曲,演奏,エンターテインメント性,全ての面で強力なユニットです。コンサートホールでの演奏を拝見した事はありませんが,ライブハウスで彼女たちの演奏を間近で楽しめたお客さんは相当満足度高かったのではないでしょうか。天は二物,与えまくってます。

※追記1:バニムの皆さんがメンバー紹介用に
私の新しいニックネームを考えてくれました

「On Bass…やじまックス!

…札束で汗拭く人?

※追記2:私とバニムの共通の知り合いがライブに来てくれて
私に差し入れを置いて帰ってくれました


どうしろというのでしょうか


8月の出来事

 今年の8月は私にとって本当に本当に濃密な1ヶ月でした。休日はわずかに2日間,あとの29日間はとにかく仕事,仕事,仕事。その中でも特に大きな2つのイベントが東京・大阪の帝国ホテルで行われたインペリアル・ジャズ・コンプレックス,そしてスタジオジャイヴで行われたISSEI NORO INSPIRITSの2ndアルバム録音でした。

 ちょうどお盆付近が日程となる「インペリアル~」への参戦は一昨年,去年に続き3回目。去年までは横山達治 (perc.) さんのラテン・ジャズ・ユニットでの出演でしたが,今年は女流パーカッショニストどれみ♪ちゃん率いるラテン・バンド「どれみ~た♪」の一員として5日間(前夜祭含む)演奏してきました。この「どれみ~た♪」,メインのメンバーもルイス・バジェ (trp.) さんや忍田耕一 (trb.) さん,斉藤崇也 (pn.) さん他凄腕のラテン・ミュージシャンが集結しているのですが,今回の「インペリアル~」ではここに元イラケレのオスカル・ヴァルデス (perc./vo.) 氏,1950年代のモンゴ・サンタマリアのアルバムに参加しておられるフェリックス・プーピー・レガレータ (vln./vo.) 氏がスペシャルゲストとして参入するというとてつもない事になっており,リハ/本番/楽屋で飛び交うスペイン語や英語の渦に疑似海外旅行をしたような気分になってしまいました。
 それにしてもキューバの巨匠たちの,「人間」の熱い事と言ったら。そしてそのリズムの奥行きの深さと言ったら。特にオスカル師匠にはベースの事やトゥンバオの事,そして音楽への姿勢や妥協のしなさ加減(笑)などいろいろな切り口でラテン・ミュージックを教わりました。この熱い人々の情熱がこの音楽を築いてきたのだという事を文字通り目の当たりにし,剰え一緒に演奏させてもらった事は単なる思い出として終わらせるにはあまりにももったいない非日常だったと思います。これを「思い出」ではなく新たな自分のスタートだと言えるように,再び巨匠たちと相見える日まで研鑽を積まなくてはなりません。


(後列左から)ルーウィー (drs.) ,忍田さん (tbn.) ,阿久澤君 (trp.) ,ルイスさん (trp.) ,神村君 (pn.)
(中列左から)どれみ♪ちゃん (perc.) ,貫田さん (sax.) ,能見さん (perc.) ,横山さん (perc.)
(前列左から)オスカル師 (perc./vo.) ,プーピー師 (vln./vo.)
(すみっこの人)やぢま (bs.)

 そしてその「インペリアル~」最終日の翌々日からINSPIRITSの録音がスタート。その壮絶な内容についてはいずれ「Works」のページで詳しくお話ししますが,前作は1日2~3曲ペースで録っていったのに比べ今回は1日3~4曲ペースでの録音となり,しかも前作に増してアグレッシブで難易度の高い曲が多く,個人的には今までの人生で一番楽しく,一番シビアなレコーディングだったように思います。それでも1日設けてあった予備日を使わずに3日間で10曲録り切ることができたのは,「初めまして~」の状態(ホントに)で録り始めた前作に比べるとバンドとしてお互いの呼吸が断然理解し合えているからに他なりません。10月初旬に届いたマスタリング後の音源を聴いて我が事ながら「凄いアルバムだなー」と感心するとともに,「こ,これ,ライブで弾くんだよねホントに」というプレッシャーで早くもオロオロしている今日この頃です。アルバム名は「Moments」,12月2日発売予定です。全てのフュージョンファン必聴,そして特に今回はベース好きの皆さんにも広く聴いていただきたいです。ベースだけに限って言えばアルバム全体で前作の倍くらいの音数が入っているかもしれません(笑)。


ブース内の様子(1)
左より,Veillette6弦フレットレスとRoscoe6弦。
アンプはVeilletteで弾いた1曲のみ使用。


ブース内の様子(2)
左より,Elrick6弦,Yamaha6弦フレットレス,Roscoe6弦。
今回は家にある5本のベースを全て使いました。


ブース内の様子(3)
アンプヘッド及びDIはEBS製。キャビはBergantino。
シールドはカゲツロック。

 その他,下旬にはオバタラ・セグンドのツアーがあったり,ゴスペル関連のリハーサルが死ぬほど入っていたり,マンションの夏祭りで半日フランクフルトを焼き続けなければならなかったりと本当に休む間もない8月でしたが,ともかく体を動かした以上に色々な人に情熱の形を見せつけられ,教わり,感じ,考えさせられた1ヶ月間でした。考えたり感想を書いたりするだけなら誰でもできる訳で,この経験を私は私なりに自分の中で昇華させ,新しい演奏という形でアウトプットしなければ意味がありません。


しかしサボるわけにもいかない夏祭り

6月~7月の出来事

 6月の初めにはTVCFでもオンエアされている「国境なき医師団」支援キャンペーンソング「Beyond the Border」のレコーディングがありました。この曲を制作したble?rの望月さんとは1999年のアルバムに参加させていただいて以来ちょうど10年ぶりとなる2度目のお仕事で,個人的にもいろいろと新たな課題を見つける事のできた極めて意味深い録音でした。当サイトのトップページでもご紹介しているとおり,梶原順さんのアコースティック・ギターが美しいこの曲をダウンロードで購入するとその収益のすべてが「国境なき医師団」に寄付されます。また,なんと12月9日にはメロディとソロが野呂一生さんのエレクトリック・ギターに差し替わった「Beyond the Border Feat. ISSEI NORO」が配信される予定です! 詳細は「Beyond the Border Project」のサイトをご覧下さい。

 6月下旬にはヴァイオリンの中垣真衣子さん,ピアノの上野山英里さん,パーカッションの海沼正利さんと私の4人で岡山と大阪を回る小ツアーがありました。ツアーと言っても移動スケジュールは4人ともバラバラで,私は前日の昼間に単身で岡山に前乗りして来たので初めて見る後楽園を一人で散策。


こんな


非常によい天気。ってか汗だく


所々にある休憩所ではわらび餅や抹茶をゲット可(旨い!)


そういえばワタクシは岡山に来る事自体が初めてでした

 宿に戻って一休みした後,夜になって到着した上野山女史を誘って海の幸を食べに行く事に。と言っても二人ともどこに何があるかさっぱり判らないのでケータイで検索してトップヒットした「創作料理 銅屋」へ直行。これが大ホームランであり肉も野菜も旨いのですがやっぱり魚と甲殻類が最高。午前1時頃までだらだらと飲み食いして解散。


今度岡山に来た時のためにこの店を覚えておかなくては

 翌日は朝早くホール入りして昼間に演奏,その後イタリアンレストランに移動して夜からまた演奏。終演後終電近い新幹線に飛び乗って大阪で1泊,さらに翌日の昼から大阪の「サロン・ドゥ・アヴェンヌ」で演奏して夕方に終了,夜19時の新幹線に飛び乗って帰京…という強行軍。大阪では自由行動できる時間が殆どなかったのが残念でしたが,初めてお邪魔した「サロン~」はとても素晴らしいコンサートスペースで,4人で演奏する音楽にも雰囲気がとても合っていて良い気分でした。

 7月にも小ツアーが1件ありました。こちらは「」とルイス・バジェ (trp.) さんの4人で名古屋に行き,13日にライブハウス,14日には高校の芸術鑑賞会で演奏してくるという1泊2日の旅。13日はいつもお世話になっているラブリーさんでのライブで,演奏も非常に盛り上がり終演後もお店で痛飲したいところだったのですが,主催者様から「翌日は朝8時30分集合」というキツい通達を受けていたため4人とも打ち上げもそこそこに宿に帰投。14日の高校は男子校で(演奏したのはホールですが),吹奏楽部の生徒さんと一緒に演奏するという楽しい企画もあり前夜とはまたひと味違った盛り上がりを見せ無事終了しました。その他7月は志賀聡美さん (trb.) や河波浩平君 (vo.) など,初めて誘われたセッションがどれもこれも非常に楽しいものばかりでひどく充実した演奏活動だったように思います。


 

4月~5月の出来事

 ●「Live Info.」に1件追加。

 副鼻腔炎の発症が発覚し耳鼻科に通い始めた4月頃は毎年恒例のJ&Oツアーがありました。去年と同じく今年も大阪ブルーノートでの公演が千秋楽となり,打ち上げも去年と同じ御堂筋にあるお好み焼き屋さんで行われました。もうとにかく「ニンニク焼きそば」と「ゆず酢焼きそば」が最高でありどうか来年のツアーも大阪が千秋楽になってくれないかと願うばかりです。
 そして返す返すも残念なのはJ&Oの他ISSEI NORO INSPIRITSでもお世話になったビルボードライブ福岡がこのツアーののちに閉店となってしまった事です。いつも開店前に店員さん全員によるミーティングがあり前日にあった問題点や善後策について真摯に話し合っておられた姿が印象的でした。ゴハンもおいしくアテンドも行き届いた(BN/BB系はどこもそうですが)居心地のいいあのお店でもうプレイする事ができないのかと思うと寂しい限りです。


名古屋ブルーノートでゴハンを頂くの図

 5月には私のバースデイライブがありこの前後だけはここ「Meditation」を臨時更新しておりました。思春期の頃のヒーローだった爆風スランプのドラマー,ファンキー末吉さんとの共演は本当に幸せなひとときでした。またYukieさんに久方ぶりに私のセッションに参加していただいた事,INSPIRITSの林君と生ピアノで共演できた事,そしてヴォーカル三科かをりさんの圧倒的なパフォーマンスも私にとってこの上なく嬉しい思い出となりました。
 このセッションのフライヤーを作ってくれたのが13年ぶりに再会した中学の頃の友人だった事はここでもご紹介しましたが,このライブの直後,今度は小学校(奈良ではなく,その後に転校した国分寺の)の時の友達がこのサイトを見てメールを寄越してくれました。「君は政治家か何かになると思ってたのにミュージシャンになってたので腰を抜かすかと思った」との事。何度かのメールのやり取りを経たあと新宿サムデイでのライブを見に来てくれた彼と23年ぶりの再会を果たし,限られた時間の中昔話で思う存分盛り上がりました。
 最も彼に感謝しなければならないのは,私たちが小学校を卒業したと同時に教職を定年で退かれた当時の私たちの担任の大橋先生が現在も御歳83でご健在であらせられるという事を教えてくれた事です。戦時中は帝国陸軍に招集され,小学生だった私たちにもご自身の戦争体験を話して聴かせてくださった大橋先生はユーモアたっぷりの本当に楽しく優しい先生でしたが,悪戯がばれた時のおっかなさといったらもう本当にただ事ではありませんでした。仁王立ちで教壇の前を指差し割れがねのごとき大音声(おんじょう)で「ここへ出てこい!」。これをやられるたびに(何度もやらかす私も私ですが)恐怖で文字通り縮み上がったのも今では懐かしい思い出です。
 実はつい先日,その大橋先生とやはり23年ぶりに電話でお話しする事ができました。嬉しい事に先生は私の事を覚えていてくださったばかりか,「君が学校でドラムを叩いているのを見て,当時の校長先生と『彼は将来ミュージシャンになるね』と話していたんだよ」と笑いながら言ってくださいました。ライブの休憩中だったので10分程度しかお話しできませんでしたが,先生の懐かしいお声に感無量になり,野毛の路地で携帯片手に何度も何度も頭を下げながら電話を切りました。この得難い機会を作ってくれた友人には特別の感謝の念を抱いています。