「Meditation」カテゴリーアーカイブ

ブログです。2001年9月から書き続けています。

自衛隊無事のイラク撤収を心よりお慶び申し上げ候

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 「諸行無常」という言葉は誰でも知っていると思うのです。やぢまには仏教の知識なんざこれっぽっちもありませんが,「諸行無常」という言葉の意味自体は「現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないこと」なのだそうです。普段の幸せな生活が毎日変わりなく訪れるのは決して当然の事ではなく,周囲の様々な人間その他の生き物の営みが微妙なバランスを保っているからこそ享受する事ができる偶然の幸福なのかもしれません。ただでさえ日本は地震とか多いのだし最近では近所の国がミサイルぶっ放したりしてるし,ある日突然何気ない日常が吹っ飛んでしまったりしても決しておかしくはないと思うのよね。だからさ,別にヘンな宗教とかやる必要はなくても毎日幸せに生きていられる事を漠然と感謝するべきだと思うのですよ日本人は。特に,他人の努力によって享受できる恩恵をもっと敬ったらどうかと思う。「してもらって当然」という価値観ほど醜いものはないと思いますよ,ホントに。

 そんなわけで最近「諸行無常」という言葉が好きというか,まぁ気になっております。限られた条件の中でできるだけ良かれと思って努力した事が相手に当然と思われてしまうばかりか,剰えそれが無くなると文句言われるんぢゃ割りに合わねんだよ。人生が。


 

良い楽器店の見分け方

 ●「Live Info.」に2件追加。

 何が原因であれ,ジダンの頭突きは単純に痛そうだと思う。

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 生徒とかによく訊かれるのが「良い楽器屋さんってどこですか」というやつなんだけれど,実は私もその辺あまり良く知らないんですよ。細かいものを買うのはあちこちの楽器屋さんに行くけど,楽器自体を買うのは大体いつも同じ店なので相対評価ができないんです。でも,でもね,「悪い楽器屋さん」ならいくつか知ってるよ。エヘヘ。

 ヤマハ音楽教室でベースを教えていると,入会して来るのは半数以上が初心者なんです。さらにその半数は「まだ楽器も持ってない」という人。で,レッスンを始めてもらうときには当然楽器を買ってもらうんだけど,その中でたまにとんでもない楽器を持って来る人がいるんですよ。「とんでもない」と言ってもそれはその生徒が悪いわけではなく,楽器のメーカーが悪いわけでもない。ネックの順反りがひどすぎて握力が超強くないとまともな音が鳴らなかったり,逆に物凄い逆反りでフレットと弦が接してしまい,音が全く出なかったり。そんな状態で何も知らない初心者の若者に未調整の楽器を売りつけてしまう楽器屋が悪いんです。

 自分が買った楽器がたとえ満足に音が出ない状態でも,初心者の彼(彼女)らはそれが楽器屋のせいだとは気づかずにニコニコしながらピカピカの自分の楽器をケースから出すわけですよ。で,それを音が出るように調整してあげながら,「ところでさ,この楽器どこで買ったの」って訊いたら「渋谷の***っていうお店です」って。***って言ったらプロユースのハンドメイド楽器も大量に扱うような大層なお店ですよ。オレなんてこの前店員にタメ口利かれたし。まぁそれはともかく何が問題かっていうと,何十万もするような楽器をずらりと並べて「この木材は」「このプリアンプが」などとゴタク並べてる一方で,初心者の中高生が何も知らないのをいい事に「これがオススメ」とか言ってネックの曲がった量産機を試奏もさせずに売りつけて知らん顔してるってことですよ。量産機だからってネックが反ったら反らせっぱなしですか。音が鳴らなくたって売っちまえば終了ですか。せめて売る間際くらい調整したらどうですか。もうこれはネックが云々という話ではなく商売人としての性根が腐っているという事なのだと思うが如何か。

 …だから若きプレイヤー諸君,「良い楽器屋」を見分ける術というのは「入門者向けの廉価製品が高級機と同じようにきちんと調整されているかどうか」を見極める事だと思う。入荷したまま吊るしっぱなしでネックが曲がっていないか,弦も張りっぱなしで古くなっていないか。確かに安い楽器はネックも弱いけれど,そういうのをマメに調整して初心者を大切にする楽器屋こそ立派なお店であると思うのですよ。初心者がそれを判断するのは難しいかもしれないけれど,楽器に詳しい仲間と一緒に行って色々なお店を見比べてみてほしい。きっと,きっとね,ダメな楽器屋さんはすぐに見つかるよ(泣)。


 

やっと戻ってきた平穏な日々

 東急ストアーの店内を歩いていたら,いっつもいっつも売り切れてる「とろける焼きプリン」がデザート売り場の陳列棚に3コも並んでいるのを発見。「あぁー!」と思ったら実際に口が「あぁー!」という具合に開いてしまった。その瞬間,

 マンガに出てくる子供のように

 よだれが

 床に

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『宴』3rdアルバム発売記念ライブ!

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 2004年5月にレコーディングを敢行した「」3rdアルバム「Tappy」が,2年と2ヶ月の熟成期間を経て2006年7月5日にようやくリリースとなります。こんなに長く時間がかかってしまったのには様々な理由がありここでは詳らかにはしませんが,時間をかけただけの完成度に皆様もきっとご満足いただけるという確信を持っております。

 やぢま個人としては2003年に作曲した「花吹雪」がようやくCD化される事に深い感慨を抱いております。もともとやぢまはどちらかというと寡作な方なのですが,以前から「『宴』にしか演奏できない曲を書いてみたい」という野望は漠然と持っていました。ジャズ/フュージョン界には異様なほどのテクニックを見せつけるバンドがいくつもありますが,演奏技術を披露する事自体を目的とした曲を書くのではなく,スケールの大きな景色やメッセージを聴き手に伝えるために共演者の高い技術を貸してもらえるような曲を書いてみたかったんです。この意図を口頭で伝えなければならないような共演者では意味がないのですが,さすがに「宴」はやってくれました。プロトタイプ版の譜面を渡しただけで曲のスケールの大きさは見る見るうちに私の想像を超えたものになってゆき,メンバーの提案を加味して再アレンジされた完成版「花吹雪」は,「宴」ライブのクライマックスを飾る2部の終曲として定着するに至りました。あまりに何度も演奏したのでここ最近のライブではあまり取り上げていなかったのですが,先日の名古屋での「Jazz is My Life ’06」ではエリック・ミヤシロさんのトランペットと柏木広樹さんのチェロでこの曲のメロディーを演奏して頂く事ができ,お二人の美しいオクターブ・ユニゾンを聴きながら気が遠くなるような感動を味わいました。先日とある女性ピアニストから「君がベースを弾く『源』って何?」という質問をされたのですが,こういう得難い瞬間を味わう事こそが「源」の一つなのかもしれないと思います。共演者から大きな感動を貰い,自分もそういう感動をお客さんだけでなく共演者にも供給できるように新たな曲を作り,ベースの腕を磨いて人前で演奏する。その繰り返しなんではないかなと思います。

 話がそれましたが,その「花吹雪」を収録した「宴」3rd CD「Tappy」発売日の7月5日に目黒ブルースアレイジャパンにてレコ発ライブを行います。「花吹雪」は「宴」サイトの試聴室で3年前のライブ演奏を聴く事もでき,その時のピアノとドラムの荒々しいインタープレイも大好きなのですが,CDでの二人の演奏はナニかが降臨したと思わざるを得ないような境地に達しており,正に必聴と言えます。このCDを一日も早く皆様のお手元にお届けしたく,このブルースアレイでのライブにお誘いする次第であります。詳細は「Live Info.」のページをご覧下さいませ。ミュージックチャージはご予約頂く方が当日よりもお安くなるようです。たくさんの方々のご予約とご来場をお待ち申し上げております。


 

備忘録<その71>

 ●「Live Info.」に1件追加。
 ●「やぢまproject Vol.5」ご来場の皆様,誠にありがとうございました。
 ●その時のMCでも言いましたが日本×クロアチア戦の時やぢまはケーブルテレビでアニメ見てましたスミマセン。最初交互に見比べてたんだけどウチの家族にはあの試合より「ドラゴンボール」の再放送の方が好評だった。
 ●その後「ど根性ガエル」もついでに見てしまったんだけど,ひと昔前のアニメはほのぼのしてていいなぁと思った。音楽の聴き手としての自分も同じように,例えば「昔のR&Bはいいなぁ」などとしみじみ思う事がよくある。
 ●確かに「昔から好きな音楽」は誰でも心が休まるものだと思う。「ジャズはスタンダードが好き」という人達の思いもそれに近いものなのかもしれない。
 ●もちろん音楽なんて聴きたいものを聴けばいいと思うし,他人に自分の好みを押し付けるべきものではないと思う。でも一人の聴き手として考えてみると,もし「今後は知ってる音楽しか聴かない」と殻に閉じこもってしまったら,世の中にあまたある未だ私の知らない素晴らしいメロディー達に会える可能性を自分で潰してしまう事になってしまう。
 ●それは聴き手にとっても作り手にとっても大きな不幸であり,やはり作り手としては良いメロディーを沢山作って世に問いたいし,演奏者としては有名/無名問わず沢山の素晴らしい音楽が世に存在する事を多くの人に知ってもらいたいと思う。
 ●それにしても「スタンダード」って何なんだろう。よく演奏される曲,よく知られている曲を「スタンダード」って一括りにするのって,本当は物凄く不遜な事なんじゃないだろうか。