— AmaKha(アマーカ) —
AmaKhaはゴスペル・ヴォーカリスト,三科かをり女史と新たに結成したゴスペル・オリエンテッド・ユニットです。結成は2010年ですが,準備期間が長かったため初ライブは翌2011年の3月20日でした。この初ライブの9日前に東日本大震災があり,ライブの開催自体が危ぶまれるなど様々なドラマがありましたが,誰もが困難を抱えているであろう中,当日の客席は満席となり,改めて音楽の力・ゴスペルの力に私達自身が勇気づけられた出発点でした。
固定メンバーは私と三科女史のみであり,他のパートはライブ毎に様々なミュージシャンにお願いしていますが,現在ではピアノを西直樹さんや森丘ヒロキ君,ドラムを加納樹麻君や岩瀬立飛さんにお願いする事が多いです。また横浜Thumbs Upやモーション・ブルー・ヨコハマなど広めの会場ではオルガン,ギター,クワイア等を加え8〜9人の大編成でライブを行なっています。
そもそも三科女史とは2002年にヤマハ関連のゴスペルの仕事で知り合ったのが最初の出会いでした。以後しばらくの間は女史と仕事をする機会はほぼ年1回のこの仕事のみだったのですが,このヤマハの仕事は私がゴスペルを好きになるきっかけを作ってくれた非常に重要な機会でもありました。その後2007年くらいから女史と仕事をする機会も増え,音楽の話をする事も多くなり,彼女がやっていたバンドも活動休止中だという話を聞いて「それなら,貴女の好きなゴスペルのユニットを新しく立ち上げてみようよ」と私から誘ったのがAmaKha誕生の経緯です。ちなみにamakhaとはズールー語で「香り」の意だそうで,要は女史が二人のユニットに自分の名前を付けたというだけの事なんです(笑)
女史が高橋ゲタ夫さんのバンド「クリスタル・ジャズ・ラティーノ」のヴォーカリストに抜擢され,AmaKhaの活動も徐々に広がって行くにつれ「ヴォーカリスト・三科かをり」の名も世に浸透しつつあると思いますが,もしゴスペル好きの方で女史の歌を聴いた事がないという方は是非1度AmaKhaのライブを聴きに来てください。強ち手前味噌ではなく,女史は日本人で海外のゴスペル・ヴォーカリストに伍する事のできる数少ない一人だと思います。
私個人にとってのAmaKhaは初めて自分で主宰する純ヴォーカル・ユニットであり,自分が作編曲を全て担う初めてのグループでもあります。その分「ピアノトリオ『宴』」に無い大変さもありますが,何と言っても大学生の頃から歌ものにハマり始めた自分にとってヴォーカルの実力者とバンドを立ち上げるのは長年の念願だったので,2011年以降,私はAmaKhaのお陰で極めて幸せな音楽人生を送れていると言えます。
AmaKha結成当初から,当然の事ながら「いずれはCD作りたいよね」という話は出てはいたのですが,正直なところ最初の2年間は大小のライブを回すだけで私も三科女史も精一杯でした。しかし2013年1月,初めてモーション・ブルー・ヨコハマでのライブを4ヶ月後の平日にブックするにあたって「こりゃなにか大きなタイトルをライブに付けないと」「そうするとやっぱレコ発だよねぇ」という話になり,ようやく具体的にレコーディングへ向かって動き出した…というのがこのミニアルバム誕生の経緯です。最初から制作期間に限りがあったためレコード会社に助力を求めるのは難しく,今回は自主レーベルでのリリースという選択肢しかありませんでした。それでも出来るだけクォリティの高い作品にしたいという願いがあり,大高清美 (org.) さん,田中”TAK”拓也 (gt.) さん,野呂一生 (gt.) さん,Ashton Moore (vo.) さんに1曲ずつゲスト参加して頂くという自主にあるまじき贅沢な構成を取っています。 内容はミニアルバムという事もあり,ようやく増えつつある私達のレパートリーの中から断腸の思いで4曲を厳選しました。うち2曲はゴスペル曲のオリジナル・アレンジ,残りの2曲はオリジナル曲です。どの曲でも女史のハイパー・ヴォーカルが堪能できますが,殊にオリジナル曲「いつも近くに」のヴォーカルは初めて聴く人なら誰でも圧倒される事請け合いです。書いた曲が売れる条件に「誰でもカラオケで歌えること」というのがあるらしいですが,その基準で行くとほぼ女史にしか歌えないであろうこの曲はとても売れそうにないということになります(笑)。しかし作曲者はきっとこの新しい表現が決して難解な自己満足で終わることなく,たくさんの人に等しく感動を与えられる筈,と信じています。そして森丘ヒロキ・加納樹麻両氏の鉄壁のリズムセクション,センス溢れるTAK氏のギター・アレンジ,Ashtonの黒人ならではの巧みなソロと芳醇なコーラス,スウィングする清美さんのオルガン,そして感動を巻き起こす野呂さんのソロ…。ゴスペルやフュージョン,歌もの/インスト,洋/邦に拘らず,こんなに心を込められて作られたミニアルバムはそうないはず,と自信を持って言えます。 使用機材:
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この2nd Album制作の端緒は,意外な話から持ち上がりました。 使用機材:
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AmaKhaのライブ活動を開始した2011年,初めて迎えたクリスマス時期のライブは確かAshton Moore (vo.) 氏と堤智恵子 (sax.) 女史をゲストに迎えた大船Honey Beeでのライブだったと思います。このライブを迎えるにあたって初めて自分でアレンジしたクリスマス曲が「Silent Night(きよしこの夜)」でした。入浴中になんとなく「ECMっぽい感じにしたいな」などと考えていたらピアノのイントロが思い浮かび,書き留めておいたフレーズを元に後日アレンジに取りかかったら,あっという間にエンディングまで出来上がってしまった…という,自分にとっていつになく出色の出来というか,今まであまり経験のない「勝手に筆が動いてしまったような感じ」のアレンジでした。今でもこの曲だけはなんだか自分のアレンジでないような気がしていますが,その分私はこのアレンジを他人の作品のように気に入っています(一応言っておきますが確かに私が施したアレンジですので 笑)。 使用機材:
NEW! AmaKhaとして初めて「4曲入りのミニアルバム」というフォーマットを脱した作品です。とは言っても「7曲・37分」という分量は「フルアルバム」と呼ぶには少々微妙なような気もします。この位のサイズ感のアルバムって,なんて呼んだらいいんでしょう(笑)。 実はとある事情からAmaKhaはコロナ禍が本格化する1年前,2019年5月のライブを最後にしばらくの間「1時間×2セット」のような長尺のライブを控えていました。その後2020年春になって日本でコロナが顕在化すると私も三科女史もライブやレッスンの仕事が一時すっかりなくなってしまい,あまりに暇なもんでNETDUETTO(現在のSYNCROOM)による遠隔同時演奏に取り組みはじめ,PAエンジニア橋本敏邦さんのご協力もあり遠隔アンサンブルをライブとして配信させることに成功し,以降月1回の定期的な配信ライブを投げ銭で行なうようになり,後にそれらをサブスク制生配信ライブ「AmaKha Broadcasting! ‘Neo’」という形に昇華させたのはご存知の通りです(現在はサービス終了)。配信ライブでは演奏時間も自分たちで自由に決められるので「70分×1セット」のようにもできますし,殊に三科女史にとっては(1)ヘッドホンでモニターし(2)そのバランスを自由に変えながら(3)必要十分な音量で歌えばいい…というSYNCROOMでのライブは,喉への負担も生ライブとは比較にならないほど軽く,大変好ましいものだったようです。 一方スタンダード曲のオリジナル・アレンジもかなり増え,2021年の暮れには3rdアルバムの在庫がようやく尽きたこともあり「売り物も無くなっちゃったし,ぼちぼち次の作りますか」という話が自然に出てきました。曲は「Power of Life」とその後に書いたオリジナル「Flower Buds」,コロナ禍以降に書いたアレンジ「Amazing Grace」「いつも近くに」「Imagine」「You Raise Me Up」,そしてだいぶ前のアレンジながらまだアルバム未収録だった「What’s Going On」を収録することになりました(これ以外にもコロナ以降にアレンジしたスタンダードがまだまだあるのですが,それらは次のアルバムに入ることになりそうです)。 前作は「12月に出すアルバムを10月に作り始める」という無茶苦茶なスケジュール感で作り始めましたが,今回は特にリミットもなかったので「このご時世らしく,全パート宅録でやってみるのはどうだろう」という挑戦を設けてみました。あらかじめ全パートが打ち込まれた仮オケを作っておき,ドラム→ベース→ピアノ→ギター→ヴォーカル→コーラス→ストリングスの順に生演奏と差し替えていくという手法です。DAWが使える方には自宅で勝手に録ってもらってデータを送ってもらい,使えない方のお宅には私がPCやらI/Oやらを持ってお邪魔し,お茶やお菓子や夕食をご馳走になって帰ってきました(笑)。マスタリングもAmaKhaのアルバムとしては初めて私自身が行なっています。また,4tuneのお二方(チザ&ヤスコ)によるコーラスの録音はなんとSYNCROOMを使って行われています。 まぁそんなわけで手法的にはAmaKha的初挑戦が目白押しだった当作品ですが,聴いていただく分にはその辺は良くも悪くも一切判らないと思います(笑)。多分「ドラムの音めっちゃいいじゃん!」と思われる方は多いと思いますが,そこは私のミキシング技術ではなく岩瀬立飛さんの録音技術の賜物であることは付記しておきたいです。 当初締切もなく呑気に制作を進めていた当アルバムでしたが,2022年5月ごろに大船ハニービーさんからライブのオファーをいただき「そしたらそれをレコ発にしますか」ということで9/18にブックが決まって以降は全ての作業が一気に締切との戦いに切り替わりました。…というよりもこの時点でもっときちんと戦っておけば良かったのですが,締切が決まってからも結構余裕ぶっこいていたことが災いし,「8/20には何がなんでもプレス会社に納品する!」というリミットも結局守れず,その後私の入院手術案件などもあったためさらに時間を浪費してしまい,結局前作よりもさらにギリギリなスケジュールでうちにブツが届くというダメダメっぷりを発揮してしまいました。今回も素晴らしいデザインを考えてくれた和泉君には毎回毎回最後を急がせてしまっていつも申し訳ないなと思っています。でも次作でも多分そうなることでしょう(笑)。 前作と違い特段コンセプトも設けず,ただ「新しめの作品を7曲ピックアップしました」というだけのアルバムですが,三科女史はじめプレイヤーの皆さんの凄絶な演奏のおかげで完成してみたら何だかとんでもない作品に仕上がっていました。どう「とんでもない」のか,…まぁ聴きゃ判りますよ。 使用機材:
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— 箭島裕治BOOT FUNK! —
サックス+4リズムセクションによるインストバンドで,元々は2004年から始めた半年に一度のセッション企画「やぢまプロジェクトvol.○○」が様々な沿革を経て「やぢまゆうぢブートキャンプ」「箭島裕治Boot Funk」と名前を変え,現在の表記になったものです。ですので単発セッション時代から考えると15年以上続いていることになりますが,メンバーを固定しバンド化したのは2016年なので事実上は私の最も新しいプロジェクトと言えると思います。
現在のメンバーは堤智恵子 (sax.) 女史,山田豪 (gt.) 君,佐久間優子 (kb.) 女史,加納樹麻 (drs.) 君に私 (bs.) という顔ぶれです。バンド化した2016年から佐久間女史加入の2018年までは,黒瀬香菜女史がキーボード及びオルガンを弾いてくれていました。
メンバーのうち堤女史とは最も長い2001年頃からの知り合いで,2008年頃からよく女史のリーダーライブに誘ってもらうようになりました。私の方も2009年の「やぢまゆうぢブートキャンプ」に誘って以来,女史にはずっと参加をお願いしています。他のメンバーは付き合いの長さで言うと豪君 (2002年〜),樹麻君 (2003年頃〜?),佐久間女史(2013年〜)の順に長いです。
「FUNK」というワードをバンド名に擁する通り,オリジナル/カヴァー問わずファンキーな曲をたっぷり演奏するというバンドですが,例えば「ファンキー」「ロック」「ブルース」という言葉が人となりやエピソードを指して形容的に使われることがあるように,私の中でこのメンバーは(前任の黒瀬女史を含め)仕事仲間の中で「容易に周囲に与せず,自分のスタイルを貫く孤高の人」という意味で「最もファンキーな連中」にカテゴライズされる人たちです(笑)。単発セッション時代にはそのようなことはあまり考えずにただその時代毎に「凄いなぁ,巧いなぁ」と思った人に声をかけてセッションを組む…というだけだったのですが,2011年以降AmaKhaに専念するため一旦こちらをお休みし,2016年に活動再開のため5年ぶりのブックを組みたいな…となったとき,自分が自分のバンドで弾いて欲しいと思える人はそういう人たちだったのです。
このバンドの音楽については言葉で「こんなサウンドです!」と表現するよりも動画を見ていただくのが一番判りやすいと思いますので,直近の動画二つを貼り付けておきます。「グルーヴネス」とはリズムセクションが考えるべきもの…と一般的には思われていると思いますが,本来はフロントマンだってグルーヴメイカーの一員に違いありません。堤女史のサックスや三科女史のヴォーカルは,それを端的に教えてくれる数少ない存在です。
NEW! BOOT FUNKに関しては,単発セッション時代はもちろんバンド化して以降も「すぐにでもCDを作りたい」という発想は,当初あまり持っていませんでした。もちろんバンドの作品を作ることは一つの目標ではありましたが,「オリジナル曲が十分に増えて,候補曲が10曲ほど集まって,制作費が溜まったらいよいよスタジオ録音かしら」くらいに呑気に構えていたのです。いつの事になるか判らないのに(笑)。 使用機材: |
— Piano Trio 宴(うたげ) —
「宴(うたげ)」は林正樹 (pn.) ,箭島裕治 (bs.) ,岩瀬立飛 (drs.) によるピアノトリオで,私にとってはAmaKhaを始めるまでは音楽生活の軸と言ってもいい極めて重要なバンドでした。92年からの知己であった岩瀬氏とはかねがね「何か面白いバンドやりたいね」と話し合いいろいろなセッションを重ねていたのですが,2000年のある日「そういえば林君ってピアノがいるんだけど」「あ,オレも知ってる」という話が浮上,銀座のとあるお店で初めてセッションしたのが最狂最強ピアニスト林正樹との初顔合わせであり「宴」誕生の瞬間でした。その後準備期間を経て2001年より演奏活動を開始,以後10年ほど年間20回という高頻度でライブを重ねているジャンルレス・ボーダーレスなピアノトリオでした。3人とも曲を書くため楽曲はほとんどオリジナルで,たまにスタンダードを演奏する時も普通に演奏することはまずありません。ライブではしばしばゲストをお迎えすることもあり,過去には柏木広樹 (cello) さん,赤木りえ (fl.) さん,越田太郎丸 (gt.) さん,佐藤芳明 (accordion) さん,中西俊博 (vln.) さん,つづらのあつし (sax.) さんといった錚々たる方々が来て下さいました。2012年3月現在3枚のCDがリリースされています。近年では殆どライブをやっていないので幻のバンドと化しています(笑)。
アルバムタイトル | ジャケット | 購入手段 |
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3rd Album
「Tappy」 (KICK’UP,2006年) bass: direct Box: |