親切な黒船

 AmaKhaとしても私個人としても初めて尽くしの空前のイベント,AmaKha Special Immersive Live@福山Cableが終了して早くも1週間が過ぎました。
 セミナーは満員札止め,ライブも僅か2席を残してほぼ満員という大盛況で,もちろんAmaKhaだけの力でこのような画期的なライブが成功裡に終えられるはずもなく,全てはコロナ以降SYNCROOM関連で私たちミュージシャンを有形無形に救ってくださった橋本敏邦さん,福山Cableの店長/PAオペレーターで今回のセミナーのメイン講師でもあった出原亮さん,そして今回のイベントの協賛を買って出てくださった内田音響設計室の内田匡哉さん御三方のおかげです。

橋本さんすみません,写真お借りしました
福山Cableさんは実は照明も素晴らしいのです
天井から吊ってある5つのスピーカーがイマーシブの要です

 以前もここに書いたように(書いたっけ)この最新鋭の音響体験はライブイマーシブの設備がある会場の「客席にいないと」体験できないので,私たち自身ですらも自分たちの演奏をイマーシブ環境でリアルタイムに聴くことはできないのです(ステージ上は通常のモニター環境なので)。

 ただしそれを擬似的に体験する手段もあって,要は私たちの演奏を一旦マルチトラックで録音してもらった上で,それをイマーシブ環境で再生してもらい私たちがステージから降りて客席でそれを聴けばいいのです。
 今回は本番前日がリハ日だったので,その際に出原さんにお願いしてリハーサルの演奏をマルチ録音してもらい,プレイヤー4人が客席に降りてイマーシブとステレオミックスを聴き比べるという体験を何度もさせていただきました。4人のうち私以外の3人はイマーシブ未体験だったのですが,「なぜか判らんが解像度が高い!」「ステージにいないはずの西さんが見える!」「ドラムの生音がその場でそのまま大きくなったみたい!」など,(体験済みの私も含め)それぞれがそれぞれにライブ・イマーシブの圧倒的な優位性を感じ,衝撃を受けたようでした。

 

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 Google上で「ステレオPAの歴史」で検索してみるとAIが弾き出す答えの一つが「60年代のロック・ミュージックの台頭がコンサート・シーンでのPAの礎を築いた」というものです。そこに「当初はモノラルだった」とか「当初からステレオだった」などの記述はないのですが,ステレオ・オーディオ自体はそれ以前から普及していたらしいのでおそらく黎明期のPAは最初からL-Rの2chシステムだったのではないかと想像できます(裏取ってないので違ってたらすみません)。
 だとすると,少なくともライブPAの世界では(途中でプロセッシングのデジタル化などがあったとはいえ)現在に至るまで60年ほども同じ再生方法が主に採られていたわけで,これってある意味「ステレオオーディオって凄い!」という事でもあると思うのです。その間家庭用のサウンドシステムでも5.1chが実現しているのに,ライブの音響に関しては私たちは2chシステムで特に痛痒を覚えることもなく(実際は様々な痛痒があったと思うのだが,「それはそういうもの」として見過ごされたきたのかも),楽しく音楽を味わってこれたのですから。
 思えばベースという楽器などはモノラル出力が基本で,ライブの場合足元でコーラスやディレイ,リバーブ等のエフェクトをかけてもミキサーにはDI一つで音を届けるのが常識なわけですが,私コロナ禍以降SYNCROOMでライブをやるようになって,初めて「ベースも本当はステレオ出力を基本にすべきじゃないんだろうか」と気づいたんですよね。だって空間系エフェクトの気持ちよさが全然違うんだもん。でも現代の音楽生活って,音楽の仕事でもしていなければ「モノラル音源を両耳で聴く」っていう機会すらそうそうないと思うので,若い人々なんかはステレオオーディオの恩恵自体にそもそも実感がないものなのかも知れませんね。

 

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 そう考えるとライブ・イマーシブは,60年の間にノウハウも蓄積されほぼカンスト状態にあるステレオPA界(?)にとって,言わば泰平の世に突如来襲した黒船のようなものなのかもしれません。実際,世界のPA業界において日本のイマーシブ普及率が著しく低いという話を聞くと,その状態を鎖国状態にあったかつての日本と関連づけて考えるのもそう無理な話ではないような気がします。変な言い方ですが,日本人て「古き良き」を良くも悪くも重んじるというか。

 で私,そういう日本人的気質が実は嫌いじゃないんです。「いいじゃん,今までのやり方でも生きていけるんだから」っていうのは裏を返せば「欲がない」って事ですから。私もどちらかというと「今までの自分のやり方を変えたくない」派の人間ですし,今時のYouTubeとかも観るけど「暴れん坊将軍」のような毎回オチの判っているシナリオでも楽しめるタイプです(笑)。

 一方で自分の周囲の,自分よりさらに頑なな人々が頑なに新しい技術や手法を拒む事で,関係者も含め得られたはずのより良い結果やより早い結果を逃してしまっているというシーンも何度も見てきました。自分だってひょっとしたらその原因であったことがかつて何度かあったのかもしれません。無論いついかなる時も「新しい=良い」が成立するわけではなく,旧態依然のやり方が結果的には良かったじゃん…となることもあるわけです。それも踏まえて一つ言えることがあるとすれば,「せめて拒む対象が体験できるものなら,体験してから拒まないとな」ということです。

講義中の出原さんと橋本さん
Snow Chenさん,写真お借りしました

 幸いなことに出原さんたち提督3人衆は,ペリー提督とは違い力ずくで開国を迫るような傲岸さからは程遠い人たちです(笑)。ライブの日,午前11時から行われたイマーシブ・セミナーに私も潜入して素人なりに受講してきましたが,出原さん&橋本さんの講義は判りやすさ,面白さ,そして誠実さに溢れたもので,「これ今日ここでしか聴けないのホント勿体なさすぎる,4tトラックに機材積んで3人でセミナーツアーやったらいいのに」とジャズミュージシャンっぽいことをつい考えたりしてしまいました。
 例えばイマーシブの優位性を強調するにはどうしてもステレオmixの相対的な弱点を詳らかにすることが不可欠ですが,まずその弱点がなぜ起こるかを図解してロジカルに説明し,次に音源を用いてその理屈を証明し,最後はAmaKhaのデモ演奏中に2つを切り替えることによって生演奏における効果の違いを体感してもらう…という,単なる宗教っぽい印象操作ではない(ご本人たちは宗教と言ってましたが 笑),そのテーマ一つとっても本当にお金を払って受けるに足る素晴らしい講義でした。後で受講者の方々の何人かとお話しさせていただく機会があったのですが,PAエンジニアさんだけではなく音楽や演劇,配信などを取り巻く様々な企業や職種の方が参加しておられ,しかもほぼ全ての方々が遠方から来られたとあって,改めてこのセミナーがAmaKhaだけではなくPA業界全体にとっても空前のイベントであったことを思い知らされました。

 今回のライブを私も一応記録としてiPhoneで動画撮影していましたが,たとえダイジェストでも動画(=音声は2mix)を公開してしまうと現地の感動はほぼ伝わらないので,私の方でも公開することは控えます。皆さんも,AmaKhaでなくても推しのアーティストさんがイマーシブ環境で演奏するライブやコンサートがあればぜひ聴きに行ってみてください。理屈が判らなくたって,ライブに行き慣れている人であればあるほどその鮮烈さは強力に印象に残ると思います。ただ,今の所福山以外で行われているイマーシブの公演は大規模なものしかなく,ライブハウス規模のものを楽しむとなるとホントにCableさんに行くしかないのですが(笑)。

 今回のイベントを境に,音響エンジニアさんをはじめプロセッサーを作る機器メーカー,イベント制作部門などがこの最新音響を世に知らしむべくじわじわと動いてくださることで,まずはなんと言っても一人でも多くのライブ音楽ファンの方々に早くこの音響体験が届いてほしいなと思っています。そして,AmaKhaや私個人としてその布教(笑)に役立てることがあるというのなら喜んで馳せ参じようと思います。

 アレルギー持ってる人は別ですけど,大抵みんなイカとかタコ食べるの好きでしょ? 音楽やってるのにイマーシブ未体験のまま「そんなの興味ない」って言うの,イカやタコ食ったことないのに「見た目がキモいから食いたくない」て言ってんのと同じです(笑)。まぁ味覚や音楽は「自分の好きなものが自分にとっては最高」という主観を侵すことはできないけど,音響とはそれらよりももっと客観的で厳然としているべきものだと思うのです(本当は演奏もそうあるべきと思いますが)。