誤解されぬために

 ちょっと実家の用事があって,今月のアタマに6日ほど広島に滞在していました。

 まぁ前にも書いたかもですが「実家」といっても私が別に広島で生まれ育ったわけではなく,広島にあるのは単に「現在両親が住んでいる家」なんです。では両親が広島出身なのかというとそうではなく父母はそれぞれ旧阿武郡と萩の出身であり,つまり県で言うといずれも山口出身なわけです(「箭島」という苗字はおそらく山口ルーツ)。では広島は私にとって何なのかというと,一番まとまった答えは「かつて母方の祖父母が住んでいた地」なんです。確か祖父母も元々山口出身なはずですが,祖父が広島の会社に勤めるようになり,ちょうど私の生まれた1973年ごろに広島に家を建てて住み移ったんですよ確か。で,祖父は20年ほどのちに亡くなり,さらに10年ほどして偶然私の父が広島に転勤となり,最初は賃貸マンション住まいだったのですがその後祖母宅からそう離れていないところに中古の一軒家を買って,祖母が亡くなるまでのラスト10年ほどはもうほとんど箭島家の方に3人(父母+祖母)で暮らしていたようです。

 一方,Profileのページに書いてある通り私は大阪府(堺市)生まれで,例えばFacebookの「出身地」欄にも今までは「堺市」と書いていました。しかし実際のところ大阪は私にとって出生時の父の赴任先にすぎず,しかも3歳か4歳あたりまでしか住んでいなかったので,私には大阪時代の記憶が一切ないんです(4歳上の姉は堺での生活をよく憶えているそうですが)。なので私の一番古い記憶は大阪から越してきた奈良での生活であり,それも6年程度と決して長くはなかったのですが私の心の故郷はどこかと訊かれたら一番懐かしい奈良であり,では第二の故郷は…となると母方の祖父母が住んでいた広島なんです。父方の祖父母が住んでいた枚方にももちろん何度か訪れているんですが,奈良からそう遠くない枚方よりも新幹線に乗らないと辿り着けない広島の印象の方が子供の頃の私には強かったです(とはいえ,枚方に行くために乗る京阪交野線も乗り物好きの男児には新幹線と同じくらいの魅力がありました)。広島で食べる,関西とはひと味違うお好み焼きや名店「すずめ」の中華そばは子供の頃の私にとって広島そのものであり,またたくさんの鳩に餌をやれる平和公園や,子供心にも異様な恐ろしさを感じた原爆ドームの佇まいもやはり私にとって広島と直結するイメージでした。もちろん広島駅や市民球場など40年前とは一変してしまった風景もありますが,特徴的なそごうの建物や昔から変わらない広電バスの塗装,そして何よりも幼少期の私にとって「おじいちゃんのうち」だった,丘の上に今も変わらず建っている祖父母の家は私にとって「懐かしい広島」そのものなんです。

 もはや両親も広島での生活が25年ほどになり80余年の人生の中で最も長い居住地になっているはずですが,彼らの出身地はやはり出生から成人までを一貫して過ごした「山口」ってことになるのだろうなと思います。では私自身はどうなのかと自問すると,「一応『出生地』は大阪だけど,何も覚えていない街のことを『出身地』っていうのもなぁ。郷愁を感じるのは奈良と広島だけど,私が広島に『住んでいた』ことはないしなぁ。…となると,やっぱ奈良だよね」となるわけです。
 出生地ではない場所を「出身地」と言っていいのか今まで裏を取ったことはなかったのですが,Gemini的には

 「出身地(しゅっしんち)とは、一般的に生まれた場所、あるいは幼少期から長く育った土地を指す言葉です。法的な定義はなく、個人のルーツや人格形成に最も影響を与えた場所として、最も愛着のある地域を指すことが多いです。単に生まれた場所を指す「出生地(しゅっしょうち)」とは異なり、育った場所も含まれます。」

 …ということらしいので,散々広島の話をした挙句で申し訳ないのですが,今後出身地を訊かれたら「奈良です」と答えることにしようと思った次第です。まぁ何よりもね,「大阪出身です」と言ってしまうと「へぇ〜大阪のどこ?」「さ,堺市です」「おぉ堺! 堺といったら◯@$%#…」という流れになった時に何一つ話が解らないということになってしまいますから(笑)。今まではその辺「別にどっちでもいいや」くらいの感じだったんですが,今回の帰省で初めてそんなことをきちんと思った,という話だったんでした。50過ぎて何を今さら,ではあるのですが。

 …まぁ一番言いたかったことはね,SNS上で出身地を「奈良」に変えたのはあくまで今回の帰省がきっかけだっただけで,総理大臣の出身地になんか鼻毛ほどの興味もないわ…ということです。念のため。