空への祈り

 最近実家の母と野暮用で2〜3度電話でやりとりをしたのだが,毎回母が「何あんた,風邪ひいてんの?」と訊いてくるので往生した。どこも体悪くないのに。で毎回「ひいてないよ」「ひいてないって」「ひいてねぇって言ってんじゃん」とだんだん語気を強めつつ答えるわけなのだが,3回目の電話を切ったあとで母が勘違いした理由にはたと気がついた。人は多分,涙をこらえながら暮らしていると鼻声になってしまうのだ。

 どんな命であってもその軽重に差はないはず。そう判っていても,溢れてくるのは現実を受け入れられない感情ばかりだ。なぜあんな凄い才能が,なぜあんなに愛に溢れた奴が,なぜあんなに愛されている奴が,なぜあんな若さで…。天に向かって,「自分の大切な仲間を召すなんて理不尽だ」と,本気で思ってしまう理不尽。

 どうか,彼女が上っていった世界が安らぎに満ちたものであってほしい。
 どうか,彼女の遺していった音楽が世界中の人々に届いてほしい。

 何度も一緒に演奏した野口茜女史の「空への祈り」をまだ聴けずにいる私には,今はそうやって空に向かって祈ることしかできない。